夢について② 夢と現実、あるいは夢の現実性

2015.09.08

こんにちは、カウンセラーの田中です。
前回のコラムに引き続き、夢についてちょこっと書いてみようと思います。

皆さんは夢のお告げって信じてますか?
現代において夢のお告げなんて非科学的だ!などという人は多いかもしれませんね。でも非科学的だといって済ませてしまえる話でしょうか。

実際に、夢のお告げ(的なもの)に関する逸話はあるのです。
アウグスト・ケクレは、自分のしっぽを加えて回転する蛇の夢を見てベンゼン環の構造を着想したといわれています。また、ドミトリ・メンデレーエフは、夢の中で元素記号が並ぶ不思議な表をみて、それを起きてすぐに書き留めたところそれが元素周期律表になったといいます。ほかにも夢の内容から素晴らしい曲が生まれたり、ミシンも夢の着想から発明されたものらしいです。(ここに並べて書くのは非常に恥ずかしいですが、私も夢の中で見た図形をすぐ書き起こしてそれを元に論文にしたことがあります…。)

このような例から皆さんはどういうことを考えますか。
たまたまそういう夢を見ただけ? 夢に結び付けるのは早計で、もともと考えていたことではないか?確かにそういう側面もあるでしょう。しかし、ただの夢だからとないがしろにしてしまうのは勿体ないなと思うのです。

わたしたちは、現実と思っている世界をあまりに一辺倒に信じすぎているように感じる時があります。決してオカルト的に批判しているのではありません。あなたとわたしが同じように風景を見ていたとしても、まったく同じものが見えていることなど証明できません。わたしが見ているものが他者から見ても同じものとしてそこにあるということすら確かに言うことができないのです。わたしたちが生きている現実世界って意外にもあいまいで不確定なものですねぇ。

だからベンゼン環や元素周期律表の発見のように、時に現実の世界に先んじて夢の世界からメッセージが到来することがあっても不思議じゃない(かもしれない)。夢の世界にも現実世界の基準では測れない1つの現実が成立していると考えられるかもしれません。それは現実世界からすれば創造性の源泉ともいえる世界であるかもしれませんね。

荘子の「胡蝶の夢」にもあるように、どちらが現実か夢かということに躍起になるではなく、どちらの現実性にも開かれた心であれば、またもう一方の現実のものの見方も変わってくるのではないだろうか…と思ったりするのです。