すべての感情は

新しい年が始まるとともに新型コロナウイルス感染は第6波に突入しました。この2年間、感染症にまつわる様々な変化に対応し続け、当初のような衝撃や動揺こそないものの、今しみじみとわいてくるのは徒労感や漠然とした疲れかもしれません。生きていく中で、気持ちのアップダウンはつきもので、それをやり過ごす術を、皆それぞれに持っているでしょう。友だちとおしゃべりする、少し遠出をする、お酒を飲みに行く、スポーツをするetc。日々小さく自分を回復させながらなんとかやり繰りしていた日常が、その術を封じられ、自分でもよくわからないままに気分が沈んでしまったり、気力が出なくなったり、そういうことが普通に起こっています。

そんなとき「落ち込んでも仕方ない」「気のせい」「甘えてるだけ」と、無理に発奮しようとしたり、見て見ぬふりをしようとしたり、自分を叱咤したりしていないでしょうか。自分の中にわいてきた気分や感情を、ないものとしたり、否定したりしていないでしょうか。

そうしてしまう理由の一つとして、気分や感情を無意識にジャッジしているということがあるかもしれません。感情から感じられる感覚的な快不快とは別に、これは善い感情、これは悪い感情、これは優等な感情、劣等な感情と。さらには、こういう感情を持つ人は出来のよい陽気な人物、こんな気分に支配される人はダメな人物と、人間そのものに対して評価を下したりすることもあります。気分や感情そのものに善し悪しはないのに。

ひとまず自分の中にわいている気分や感情に対して、それが確かにそこにある、と認めてみましょう。「何となくカッカする」「今滅入ってるよな」「何だかわからないけど落ちてるよね」と。そのとき、浮かんでいる気分や感情を言葉に置きかえてみると、少しだけ距離が取れて、受け止めやすくなるかもしれません。「イライラする」「穴に落ち込む感じ」「どんよりしてる」「妙に悲しい」等々。

そうして受け止めたうえで、その気分や感情の世話をどのように焼くか。コロナ禍に生きる私たちは、今までとはいくらか異なる方法を、また新たに見つけ出していけるとよいと思います。皆さんなりの方法を見い出すために、学生相談所を利用してください。

ホルスティー社というニューヨークで設立された企業のマニフェストに“All emotions are beautiful”という一文があり、気に入っています。beautifulの解釈はいろいろかと思いますが、抱えている自分の感情に、嫌気がさしそうになったとき、私はこの言葉を思い浮かべてみます。すると自分の感情を受け入れられるような気がします。