全学自由研究ゼミナール2008
「人間力の実践知:心の体力をいかに育むか」

第1回 10月9日 ワーク・ライフ・バランスと心の体力 担当:古田元夫教授/倉光修教授
学業とそれ以外の生活に費やする時間やエネルギーのバランスを「ワーク・ライフ・バランス」という概念を援用して論じる。また、心の体力について、とくにアカデミック・ハラスメントを題材にして、心が深く傷つき、不安反応やうつ状態に苛まれたときにどうすればよいかについて、カウンセリングの技法も紹介しながら説明された。
第2回 10月16日 統合失調症の臨床・疫学とケア 担当:大島 紀人 助教
近年うつ病等の精神疾患への罹患者数が増加し、自殺者も年間3万人程度と高値で推移していることから、メンタルヘルスに対する関心が高まっている。メンタルヘルスの問題の捉え方として大事なことは正しい知識の獲得である。自分自身で精神の健康に関する知識やストレスの原因、対処方法をみにつけ実践(セルフケア)し、また他者の状況、ストレスを把握し、改善をはかる(ラインによるケア)取り組みが大切である。また、思春期から青年期の「こころのリスク状態」がどの程度あるのか、「こころのリスク外来」に て早期発見・治療することにより、精神疾患の予防効果が期待されている。本講義では代表的な精神疾患のひとつである統合失調症を主題とし、当事者の立場から、支援者の立場から有用かつ必須と考えられるメンタルヘルスの基礎知識について概説された。特に統合失調症に関して、発生頻度、症状、診断基準や成因、治療について習得することができた。また、具体的な事例紹介があり、セルフケアの立場で、またラインによるケアの立場で、平常時にどんな気を配ればよい か、気づくきっかけとなった。
第3回 10月23日 対人関係の葛藤 担当:亀口 憲治教授
本ゼミのテーマである、「人間力の実践知」を見につける上で、今回の主題である「対人関係の葛藤」は、最重要の課題である。対人関係の葛藤につい て、(1)対人関係の難しさ、(2)心の葛藤の仕組み、(3)複眼的思考にイメージが必須であること、(4)対人関係のストス、(5)ストレスとイメージの深い関係、(6)家族内のストレス連鎖、(7)学校でのストレス連鎖、(8)解決志向の心理学的アプローチ、(9)イメージの活用、(10)不登校と家 族関係、の説明があった。また、実際に粘土を手にし、心のしこりがほぐされる体験
「超軽量粘土法」を実感することができた。
第4回 10月30日 理想と現実の葛藤(進学振り分けを中心に) 担当:里見 大作教授/dt>

新制東京大学の発足当初から採用されている進学振分け制度、来年度で60回目を迎る。なぜこんな制度が東京大学で採用されてきたのか。実はこの制度のもとは教養学部の前身である旧制第一高等学校にある。一高は全寮制、クラスは文科甲類、乙類、理科甲類、乙類といった具合に分かれており、現在の教養学部前期課程の科類分けは、一高のクラス分けを踏襲したようだ。一高での授業は幅広い教養を身につける場に、また寮生活は親密な人間関係を築く場になっていた。3年間の高校生活の後、各自は自分の興味と適性を考え、それにかなった大学の学部・学科に進学していった。この一高から大学へ進む節目がほぼ現在の進学振分けにあたる。この節目でいろいろ迷った人々の紹介があった。
第5回 11月6日 睡眠の調整とこころの健康 担当:佐々木 司 教授
睡眠調整機構と障害の基礎について以下の点を学んだ。(1)睡眠にはノンレム睡眠レム睡眠がある。(2)一晩の睡眠のパターンは「ノンレム睡眠」+「レム睡眠」からなる90分周期が4~6回あり、(3)深い睡眠(午睡が長いと深い睡眠の妨げになる:15分~20分がよい)は睡眠の前半に集中し、(4)後半は浅い眠りとノンレム睡眠が増える。(5)睡眠・覚醒周期の体内固有周期は約25時間であるため、(6)それを明暗と社会活動(活動-休息)のリズムによって、24時間に同調させている。(7)これらの手がかりが不足すると、24時間周期が保ちにくくなる。(8)体のリズムの中枢は脳の視交叉上核にある。(8)夜暗くなると、脳の中心付近にある松果体からメラトニンが分泌されるなどして、「脳が夜」=睡眠に向かう。(9)夜強い光刺激が与えられると、メラトニン分泌は阻害され、睡眠の障害(不眠)が起こる。睡眠については皆興味があるようで、質問が多数あった。
第6回 11月13日 脳からみた心―うつ病の科学― 担当:福田倫明講師
ヒトの脳内には、感情や意欲を調節している神経伝達物質、セロトニンやノルアドレナリンがある。これら神経伝達物質は、必要なときに必要なだけの量が放出され、神経のスイッチをオンにすることで、感情や意欲を向上させる物質である。うつ病の患者の脳内では、このセロトニンやノルアドレナリンの量が減ることで、神経のスイッチが入りにくくなり、「眠れない」「食欲がない」「不安」「気力・意欲が ない」「悲しい」「楽しめない」「絶望」「つらい・苦しい」などの症状を引き起こすと考えられる。このセロトニンやノルアドレナリンを増やす抗うつ薬開発の歴史を学んだ。

【抗うつ薬の歴史】

  • 20世紀の前半
    麻薬・インスリンショック・電気痙攣療法が主流
  • 1950年代
    抗うつ薬(imipramine)の発見
  • 1960~1980年代
    抗うつ薬(imipramine)の改良薬の開発/うつ病の脳研究
  • 1980年代
    SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬):シナプス中のセロトニン濃度を上げることにより症状を改善する薬(アメリカで開発)
  • 2000年代
    SSRIsの日本導入

先週の講義「睡眠の調整とこころの健康」で、メラトニンの分泌が睡眠に重要な働きをもたらしていることを学んだが、「メラトニンの分泌が阻害されると不眠になること」や「セロトニンが低い状態は熟睡できない」といった状態は、メラトニンがセロトニンから合成される物質であることからも理解できた。

最後に、アルコールの作用についての話があった。アルコールは、「気分が落ち着く」「開放的になりハメをはずす」「フラフラする」「忘れっぽい」「注意力低下」「眠くなる」「癖になる」などの症状を伴うが、アルコールは有機溶剤であり、神経毒(脳に毒)であることをしった。

第7回 11月20日 不登校とひきこもり 担当:中島 正雄 助教
不登校の学生の訴えの多くに、「自分がいない感じがする」「自分が生きていない感じがする」「自分が何をしたいかよくわからない」がある。これは何をしても「手ごたえ」が感じられないという感覚に近く、自分の中で何事も完結し、人と関わらず自分で考えているだけのときが続いている感じである。現実に人と関わるということが大きくかけている状態であり、この状態から抜け出すためには、「ただ、人と関わればいい」「すぐに関わればいい」わけではないようだ。では、どうすればよいのか?自分らしく人と関わるという体験の積み重ねが大切であるとのこと。つまり、自分のタイミングで自分を出したり(自分の感情を相手に伝えること)、ひいたり(自分の感情より相手の感情を優先すること)と選択して人と関わることができることである。また、近年増え続けている不登校やひきこもりの背景的要因には、(1)社会的豊かさの達成、(2)心の体力を育むとは豊かな社会をどう生き抜けばよいかということ、(3)自由に生きてよい社会だからこその苦しさがある。自由にしてもよいといわれても誰の責任にできない怖さがある、等の社会的背景があるようだ。最後に、主体的に生きていくためには、流されたり、自分にとらわれたりしてもいい。リカバリー(復活)の方法を知っておくことが大切であることを知った。
第8回 12月4日 安全と安心―身近な化学物質を例に― 担当:大久保靖司 教授
「有害でない化学物質は存在しない」だから「有害でない使い方をするしかない」ようだ。化学物質は、(1)爆発・発火性(2)引火・可燃性(3)組織破壊性(腐食性・刺激性)(4)急性・慢性毒性といった危険でかつ有害なものである。そのハザードリスクについて学ぶとともに、リスクコミュニケーションの意味、原則を知った。リスクコミュニケーションとは、社会を取り巻くリスクに関する正確な情報を、行政、専門家、企業、市民などの関係者間で共有し、相互に意思疎通を図ることであり、一定のリスクが伴い、なおかつ関係者間での意識共有が必要とされる問題につき、安全対策に対する認識や協力関係の共有を目的とする。また、環境ホルモン(人や野生動物の内分泌作用を攪乱し、生殖機能阻害、悪性腫瘍等を引き起こす可能性のある外因性内分泌攪乱化学物質のこと)を例に、情報リテラシーについて考えるきっかけとなった。
第9回 12月11日 自殺の要因と予防 担当:佐々木 司教授
我が国の自殺者数は1998年以降毎年ほぼ3万人を超えている。女性より男性の比率が高く、中高年男性がもっとも多いが、20代男性も増加傾向にある。
自殺のリスク要因としては、(1)自殺企図の既往、(2)家族暦(遺伝暦)、(3)精神障害(初期や回復期は意外と危険)、(4)精神症状(不安・ 焦燥・絶望感・情動異変)、(5)性格傾向(衝動性・攻撃性・完全主義)、(6)アルコールと睡眠不足、(7)深刻な喪失体験、(8)社会的孤立、(9) 防護手段のない施設、があり、具体例とともに話された。これらの要因が通常複数重なることによって自殺が起こるが、最大かつほとんどの自殺に関わっている 要因は、うつ病・躁うつ病、アルコール依存、統合失調症などの精神障害である。また、社会状況・生活状況やメディアの影響で自殺が続発することもあるが、これらは大抵の場合、精神障害の悪化を通じて影響を及ぼしている。
最後に、支援者の立場としてどんなことに気づき、どんな対応をしたらよいかという話があった。自殺直前には、(1)自殺の実行や準備を言葉にする、(2)さよならの挨拶をする、(3)身辺整理をする、(4)身の回りに無頓着になる、(5)具合の悪い状態の後に妙に落ち着いた状態、(6)思いつめ た険しい表情、といった何かしら兆候を出しており、それに気づくことが大切であること、また、自殺したい気持ちを打ち明けられたときは、(1)死にたい気持ちについて直接言葉にしてきく、(2)自分が信頼されていることを重視知る、(3)コンタクトを取り続けるよう工夫する、(4)自分一人で抱えず、親や専門家に連絡をとる、といった対応を実行すればよいこともわかった。
第10回 12月18日 アサーション・トレーニング(適切な自己主張) 担当:吉村麻奈美助教
アサーション(=適切な自己主張)とは、自分の気持ちを適切に(自他尊重)表現することであり、自分も相手も大切にした自己表現である。

アサーションには3つのタイプがある。(3)がよい。

(1)攻撃的(アグレッシブ):直接的または間接的に攻撃し自分の思うとおりにしようとする。<相手の気持⇒腹が立つ、後悔、失望、傷つき、恐れ/自分の気持⇒欲求不満、イライラ、後味悪い>

(2)非主張的:内面には何かを感じたり考えたりしていても表に出さない。自分の感情や思考を抑え、他者に従う傾向。<相手の気持⇒イライラ/自分の気持⇒ストレス、自責、卑屈、傷つき>

(3)アサーティブ:自分の権利を守りながら他者の権利も考慮に入れる。<相手の気持⇒嫌な感じがしない/自分の気持⇒さわやか>

アサーション・トレーニングの実際

DESC法とは、相手に伝えたいことを「客観的な状況」「主観的な気持ち」「提案」「代案」の4つに整理し、アサーティブに気持ちや意見を伝えるときに役立つ方法である。

  • D【Describe】状況を客観的に描写
  • E【Explain】自分の気持ちを説明
  • S【Specify】提案
  • C【Choose】代案を出す・自分の気持ちを説明

言う時のこつ

  • 「I」メッセージ⇒「自分はこんな気持ち!」自分を主語にして話すと相手を傷つけない。
  • 非言語メッセージ⇒視聴覚を使う。体を動かしてみる。
  • ブロークンレコード法⇒断りたいとき、「すみません、できません、買えません!」をただただ静かに繰り返して言う。

■アサーション度チェック アサーション度をチェックしてみよう!

第11回 1月15日 ストレスと心理的課題 担当:倉光 修教授
人生はさまざまなストレッサーにいかに対処し、自分の道を切り開いていくかの旅であるとも言える。授業では、その道の探り方を夢分析や箱庭療法にも通じる「絵を見て物語を作る」という方法について、実際にカウンセラーとクライアントの対応の中で作った物語を例に紹介し、心理的課題を探った。
第12回 1月22日 キャリアについて考える 担当:亀口憲治教授/今泉すわ子助教
自分のキャリアは自分で考える。有望な仕事、やりたいことを自分でみつけていく。そのためには先をみとおす知恵、コツが必要となる。自分の適性がその職業に本当に向いているのかどうか、あるいはその職業自体の将来性はどうなのかなど、その時代の流行に左右されることなく、考え出すことが大切であり、親などの周囲の希望と矛盾する場合には、そこで生じる葛藤も解決しなければならない。また、今回の講義ではキャリアについての話だけでなく、バリアフリー支援室の職員が本郷・駒場にあるバリアフリー支援室の役割について話をした。
第13回 1月29日 人生のデザイン-この講義をあなたの生活にどう活かすか-(相談へのニーズ調査) 担当:亀口憲治 教授
本ゼミの最終回として「人生のデザイン」という主題での講義であった。科学や実証性、あるいは合理性に強い憧れを持つ人にとっては、 少し違和感のあるテーマだったかもしれない。しかし、グローバル化が著しい現代社会 の行く末は、実に不透明で不確実性に満ちている。「確実な人生」の保障は、どこにもないのが現実である。また、誰しも自然災害や犯罪から完全に免れることはできない。では、どのような心構えを持てばよいのだろうか。講師の実践体験を元にした いくつかの「考えるヒント」が提示された。受講者からも積極的な質問が相次ぎ、さらに今後のゼミの改善策についても貴重な意見が寄せられた。